ご冗談でしょう、むとうさん

自称「この世界ってどうなってるのかな学」をやってるひとが書いてるブログ。一応ベースは経済系。書評チックなものからただの雑感まで、本の話題を中心につれづれなるままに書き散らす予定。最近は思考メモが中心。「記事は全て個人の見解」らしいです。

『双子の赤字』ってなんだ

『ユーロの正体』(安達誠司幻冬舎新書)を読んだ。

ユーロ圏の危機が財政問題と一緒に語られるがそれは間違いで、原因はそもそも統一通貨のせいで各国が金融政策による独自の景気下支えをできなくなり、財政政策に頼らざるを得なくなってしまったからだ、というもの。要するに「マンデルの最適通貨論」と「国際金融のトリレンマ」ってみんな知っといてね、ということ。ごくごくまっとうな結論で、最後の「日本は緩やかなインフレ4%を~」は若干引っ掛からなくもないが、安達さんらしいなぁという感じ。

 

この本の最大の問題は意外と変なところにあって、それは112ページの記述。ちょっと長いけど抜粋してみる。

 

 中学や高校の高民や政治経済の教科書でよく言及されていた、「アメリカの双子の 赤字」という言葉を覚えている方も多いことでしょう。

 この言葉は、「1ドル=360円」という、産業にとって手厳しい自国通貨高の時代の アメリカの状況をさします。「貿易収支の赤字」と「財政収支の赤字(財政赤   字)」という「双子の赤字」が、当時のアメリカでは大きな問題になっていたので す。

 

えーと、この説明って正しいんだっけ??

 

少なくとも私が知っている限り、中高の公民・政経の教科書で扱われてる「双子の赤字」問題はレーガン政権の時の話を指してる、と思う。ボルカーのインフレ退治の高金利と、サプライサイド経済学(今こんな言葉ないか)の減税が原因で、財政赤字とドル高による経常赤字(貿易赤字)が拡大した。それを解消するためにプラザ合意で円高・マルク高を促すよう合意した。だいたいこんな感じの説明だよね。

 

一方でニクソンショックの説明って、普通「ドルが海外に流通しすぎて金準備が足りなくなって価値が維持できなくなって68年に二重ペッグ導入したけどうまくいかなくて…」みたいな説明をされることが多いと思う。どっちかというと完全にマネタリーな説明。裏に貿易赤字とかがあったのは間違ってないんだと思うけど、「双子の赤字が原因で金ドル本位制は崩壊しました」という説明はちょっと怪しい。

 

双子の赤字」という言葉自体は「貿易赤字(経常赤字)と財政赤字が共存してる状態」だから、1970年代初頭のことを言っても間違いではないのかもしれない*1だけど「中高の公民・政経で扱われてる」「双子の赤字」の説明は多分レーガノミクスの話だし、ちょっと経済史的な文脈で「アメリカの双子の赤字がねー」って言ったら多分だいたいの人は「あーレーガンの時のアレねー」ってなると思う。

 

もちろん私が不勉強なのもあるかもしれないけど、とりあえず手近にあった『現代アメリカ経済』(河村哲二著・有斐閣アルマ)をパラパラ見たところだいたい私がここで書いたことと同じようなことが書いてある。*2てことは多分安達さんの説明の方が少数派なんじゃないかしら。もちろん少数派だから間違っているということじゃないんだけど、少なくとも「一般に言われている双子の赤字」と「ニクソンショック」を結び付けるのは、入門書チックな新書としてはちょいとまずいんじゃないのかなぁ、というのが正直な感想。

 

細かいとこなんだけど、こういうのって本全体の議論の信ぴょう性に影響すると思う。特に入門書だからなるべく一般的に書いた方が良いと思うし、「一般的には~」ってわざわざ書いてしまったのでなおさら引っ掛かるのだ。編集の人も見落としてるわけだけど、安達さんもミスなのかわざとなのか思い込みなのかちょっと判断がつかなくて。

 

もちろん、実は最近の教科書はニクソンショックを双子の赤字で説明するんだよとか、他にこんな本・論文でそういう説明になってるよとかあったら調べますんで、教えていただければ幸いでございまする。

*1:実際、今のアメリカの状態を「双子の赤字」と言うことはある

*2:この本、4年くらい前に教養の講義で使うからって買ってホトンド使わなかった。だから少なくともこの本以外で、私はニクソンショックをマネタリーな形で説明する解説を聞いているor読んでいる